志布志市役所志布志支所の目の前、黄色い看板が印象的な「シューズイトウ」さん。
バッグ・靴修理と掲げられた看板の通り、取材に伺っている間に必ず修理の依頼が来ます。
「伊東さん、これどうかな?」
「ちょっと見せて。これは、チャックを直せばすぐ直るよ、大丈夫。」
作業をする風景はまさに「職人」。見ていてとても気持ちがいいものです。
一方、店内に展示されているのは、カービングで緻密な模様を掘られた素敵なカバンや財布。
そんな毎日「靴」や「革」を触っている「革漬け者(カワヅケモン)」の伊東さんですが、実は長い間サラリーマンとして働いていました。
伊東さんが革に出会うまでを掘り下げていくと、波乱万丈の人生と伊東さんの優しさが見えてきました。
人生の先輩として、伊東さんのお話を聞けたこと。とても大切な取材になりました。
目次
靴の修理から思い出の品のリメイク、オーダーメイド品まで
シューズイトウさんの修理やリメイクは、使っている人に寄り添っていて、優しい。
一つ一つの話を聞いていると、物が大切に蘇る姿が想像できて、物語を読んでいるような気持ちになります。
靴・カバンの修理。期待を超えた修理を目指して。
▲一番多いのが、靴の修理。左が修理前、右が修理後…もはや新品!普通、お願いした修理しかしてくれないけど伊東さんはキレイに磨く。
靴って消耗品だと思っていたけど「いい靴を買って、伊東さんと相談しながら大切に履く」大切な一足が欲しいなと思いました。
▲お気に入りのカバン…外はキレイだけど中地が剥げてしまった。伊東さんの修理は、「使えるものは残す」。
赤い中地(写真右、下)から使える部品を取って、黒い中地(写真右、上)に変えた。統一感はそのまま、綺麗なカバンに。
思い出の品をリメイク。お母さんの形見の帯が、毎日使える財布に。
▲右足の革が傷んでしまったけど、左足の革は状態が良かった。部品はそのままに、靴を財布にリメイク。
靴として履けなくても、違う形で一緒にいられる。
この世に一つだけ。技が光るオリジナル製品。
▲カービングで様々な模様を掘ることもできる。一枚の革から、色々な模様を付けることができるカービングは、短くても2日かかる。
▲バイク乗りの方には、オーダーメイドの荷物カバーも。荷物も簡単に出し入れできるデザイン。
伊東さんが修理屋を始めるまで。波乱万丈の人生記
プラモデルが好きだった。夢は航空整備士だけど、ソフトテニス全国選抜優勝!?
土日に仕事をすることが多かった親御さん。
一人で家で遊ぶ機会が多く、父の趣味だったプラモデルを作ることが好きだったそう。
その頃から物づくりに興味があり、夢は航空整備士。
飛行機にまつわる仕事がしたかった伊東さんですが、ソフトテニスの腕が認められ商業高校からお声がかかりました。
ソフトテニスに明け暮れる日々を送り、なんと…全国選抜大会で初優勝をおさめました!
▲1978年、全日本高校選抜大会の男子大会にて優勝!日本一って…すごすぎる…!!!!!
「商売」はしたくなかった。人に惹かれて「靴のヒダカ」に就職。
本当は、航空整備士になりたかったけど、商業高校に入った伊東さん。
「商売」というものはどうしてもしたくないという気持ちがあり、人に惹かれて「靴のヒダカ」に就職しました。
靴のヒダカでは人に恵まれ、楽しく働くことができたそう。
都城店・志布志店・日南店の3店舗を束ねる部長になり、人事や仕入れ…経営を見なければならず、3ヶ月に1日しか休みがないほど。
けれど、お客さんの目線を考えて配置をしたり、工夫をすることがとても楽しい毎日でした。
しかし、少しずつ靴のヒダカの売り上げは下がり、志布志店は閉店し…伊東さんはリストラに。
最大1,500万円の借金を背負う。「靴を仕入れて売る時代は終わった」
志布志店の不動産を持っている持ち主から、伊東さんに連絡がありました。
「この場所を使って、お店をやらない?」
自分には靴しかないと思っていた伊東さんは、自営業で靴屋を始めることを決意。
それまでの関係性から、問屋さんとの関係が繋がり、平成12年から開店することができました。
しかし大型スーパーマーケットが出てきたことで、売り上げは下がり、最大1,500万円を失うことに。
「靴を仕入れて、売る時代は終わったな」
と思い、思い切って閉店セールをかけて店を閉めようと思った時に、光が見えました。
閉店セールのチラシに小さく書いた「靴の修理承ります。」
閉店セールをかけるときに、販売した靴は面倒を見ないと、と思い「靴の修理は自宅で承ります。」と下の方に小さく書きました。
すると、閉店までに修理の依頼がたくさん来ることに!
閉店した後、修理だけのチラシを作成すると、さらに修理の依頼がどんどん舞い込みました。
なんと…修理は独学から始めたそう!
今の技術を見ると、まるで独学とは思えず信じられませんが、この頃から自分で身に着けました。
修理から始めた革細工。独学でやってきた。
革細工を始めたきっかけも修理から。カービングだけは絶対にしない!と思っていた
靴の修理をするうちに、靴の修理に必要な革の端切れが集まってきました。
たまに入っている大きめの端切れを使い、修理の傍ら、最初は遊びで少しずつ革細工を始めた伊東さん。
バッグの修理も始めると、金具が集まりいつの間にかレザークラフトができる道具が集まりました。
ある日、お店に来たお客さんから「カービングはやらないの?」と言われ、
「カービングだけは絶対にしません!」と言い切ったそう。(笑)
道具もたくさん必要だし、本を見てもこれはややこしい…と思っていました。
しかし、お客さんが帰ってから、「…悔しい!」と思った伊東さん。
オークションサイトで安いセットを買ったのをきっかけにカービングを始めました。
本の通りにはいかず、これはダメだなぁと思っていたけど、本物の道具をちょこちょこと1つずつ揃え少しずつ上達。
▲模様は、革を湿らせ切れ目を入れ、トンカチで打ち付けて出来ている。
手際が良く見てて気持ちがいいけれど、「ひゃ~大変だ!」と思わず声を漏らしてしまうほど緻密で大変な作業。独学とは思えない。
伊東さんの革製品。使う人のことを考えた優しいデザイン。
あくまで「修理が本業」と言う伊東さん。
依頼をもらった案件に対して、「喜んでくれるかな」と自分なりの工夫を凝らしてデザインを考えます。
「こんなに素敵なんだから、もっとたくさんの人に見て、買ってほしい!」と思っていた私。
伊東さんの優しい気持ちで作られている物たちを見ると、「販売のことを考えること自体が強欲なのかな」と思ってしまうほど。
本当に優しいんです。
▲バイク乗り専用コインケース。料金所でグローブを外して、財布を出して…とモタモタすると後ろからのプレッシャーを感じる。
料金所でもすぐに小銭を出せるよう、コインケースに強力磁石を入れ、手元にくっつけることができるようにした。なるほど。
▲着物に合うカバンが欲しい、という依頼には着物の生地を探してカバンを作った。オーダーメイドだからこそできること。
▲せっかく買った靴が少し大きくて…歩くと抜けやすい、とおばあちゃんからの依頼。マジックテープで付くシューズバンドで抜けないように。
▲小さいバッグにリメイクした生地は、お母さんの形見の着物帯。お母さんの思い出が、毎日使える財布に蘇った。
伊東さんは、町の人と生きている。取材中に訪れた人と伊東さんの温かい関係。
取材をしている間にも、色々な人が訪れました。
まず、靴の修理の依頼。
「何日くらいかかる?」
「明後日にはできるよ」
「お願いします」
と簡単な会話だけで、名前も言わずに預ける様子に伊東さんへの信頼を感じました。
生涯学習でカービングを習っていたお姉さんは、瓶いっぱいの金柑を持って。
▲自分で作ったカバンの写真を見せてもらった。生涯学習をきっかけに、シューズイトウに通い詰めた。次は別のチャレンジを考え中。
15時を過ぎると、近くにできたカレー屋さん「ヒマラヤ」の店員さんがあいさつに来ました。
「疲れましたか?」と伊東さんが聞くと、「ハイ!」と元気よく答える姿がまるで息子のよう。
志布志に身よりが無い中、伊東さんはヒマラヤ店内の内装などもできる範囲で手掛けました。
今年の年末は、年越しを一緒に過ごし、年越しそばを食べて初詣に行ったそう。
▲取材中、チャイを持ってきてくれた。「差し入れです。」と笑う姿はまるで息子。家族のような関係が、温かくてじわっとした。
【取材を終えて】伊東さんに見る田舎ビジネスの在り方と感謝の心
伊東さんのものづくりも、人となりも、信じられないほど優しい。
「依頼した人が喜んでくれるように」「困っているから助けてあげたい」
人と人の付き合いのもとに、「ありがとう」があり、対価としてお金があり…「仕事」の原点を感じるとともに、
「私にはこんな懐の広さは無いな…」と自覚する取材でもありました。
きっと、伊東さんの人生経験がとても波乱万丈で、それでも人と人の関係で仕事をしてきたからこそ、今の伊東さんがあるのかもしれません。
そんな伊東さんなのに、本当に謙虚で。
「自分で生きている訳ではなく、社会に役に立つために生かされている訳だから。今日一日、生活できてありがとうございましたという感謝の気持ちを持つことが大切」
と笑って言う姿が本当に格好いいと思いました。
人生の先輩として尊敬できる人がまた一人増えた、大切な取材になりました。
…と言いながら、伊東さんの記事はまだ続編が!?乞うご期待!
4月から転勤で志布志に来ました。通勤路でたまたま目に入った靴修理の文字。靴底が剥がれた革靴を持って休日にお店に伺いました。何やらただの靴屋さんではなさそうな雰囲気。店内を見させて頂きました。革製のスマホカバー、お財布など商品というより作品の数々に触れ、いつか自分へのご褒美に欲しいなぁと思いました。暖かい接客、ありがとうございました。