2月号の特集では、「ワーク・ライフ・バランス」について編集しました。
本当に、とても難しい問題です。
全員が全員、思っていることが違うと思いますし、どう解決すればいいかも正解は無いのだと実感しました。
そんな中私が「わたしのしぶし」で話せることとしたら、私の価値観しかないのかな、と思い
この記事では、私が今まで体験して思ったことをつらつらと、エッセイのように書きます。(笑)
「ワーク・ライフ・バランス」を語るには、齢28歳の私ではいろんな立場の経験も少ないですが、
この特集を作るのに、今までのたくさんの経験を思い出しました。
1.男女共同参画推進室のセミナーにて。考え方が違うことって「体感」できるんだ!とびっくりした話
2.私が「普通」じゃなくなって病み、乗り越えた結果、普通じゃないって個性って思った話
3.会社と私の考え方が合わないと辛いですよね、って話
の3本立てです!なお、流れに沿って読みやすいお話ではないので、短編集と思ってご一読ください。
同じような境遇の方や、価値観の方が少しでも楽になれば幸いです。
目次
一人一人考え方は違うんだ、って「体感」した話。
昨年12月、潤ヶ野小学校での出前講座に参加させていただきました。
まず、子どもたちに紙が配られ、「お題の通りに、図を描いてください。」とのこと。
「真ん中に丸を描いてください。」
「その上に、少し小さな丸を描いてください。」
と始まると、みるみるうちにみんなそれぞれの絵が出来上がってきます。
Aさんは、雪だるまを横から見たように2個目の丸を描き、
Bさんは、雪だるまを上から見たように2個目の丸を描きました。
私は、内心「うおおおお!同じお題でもこんなに違うんだ!」とテンションが上がっていました。(笑)
最後に、お互いの描いた絵を見せあいながら、どう思ったのか話をします。
▲「雪だるまだと思った!」「鳥かな?ロボットかな?」「太陽と花だんかなぁ?」まったく同じ順番で、同じお題を聞いていてもこんなに考え方が違うんですね。
「一人一人違って当たり前」ということを体感できるワークショップで、大人の方がびっくりした気がします。
「男だから」「女だから」と人間を二分して考えること自体が雑な捉え方で、
「私とあなたの考え方は違って当たり前」と認識できたら、生きやすいのかもしれないと思いました。
「当たり前」に縛られるって辛い。
私が「当たり前」から転げ落ちて這い上がった話
実は、私はしばらく「病んだ」時期がありました。
当時の私は就職活動時期。色とりどりの会社にわくわくしていました。
そんな時に、父と祖父がほぼ同時に入院しました。
一人っ子で、親・おじいちゃんおばあちゃんの愛情を(いやというほど)いっぱいに受けてきた私。
働くことにわくわくしていたところに、
おじいちゃんが病床から「鹿児島から出るな」と言います。
体格が良かったおじいちゃんが、いつの間にか細くなった手で私の手を握りながら。
でも、やりたいことをするために今まで勉強を頑張ってきたのだと思っていたので、そういう風に縛られることがとても辛く、
やりたいことを諦めるなら何のために学校に行くのか…これからどう進んでいくのかが分からなくなり、先のことを考えるのが怖くなりました。
一度家から出れなくなると、今度は「学校に行けない。私は普通じゃなくなってしまった」ことが怖くなり、人に会うことが怖くなり、いよいよ家から出なくなりました。
▲今までどうにか綱を渡ってきたと思っていたら
▲外れた瞬間、この先のルートが無くなる気がして、人の目が気になるように。そんなことないんですけどね。
その後、「後悔をしたくない!鹿児島は好き!一回やりたい会社に行ってこよ!」と就職活動を再開し、内定をもらいました。
その時、学校を休んでいた分の単位が足りず念願の会社に「入社が遅れます!」と前職の社長に申したところ
「わっはっは!面白いね!いいよ!」とあっけらかんと言われたことで100%立ち直りました。(笑)
最高の社長でした。人が一人救われました、ありがとうございます。
当たり前じゃなくてもよくない?って言えるようになりました。
今も当時を振り返ると、ギューーーーっとなりますが、今はあの時期があって本当によかったと思っています。
「普通であること」って綱渡りのような状態で、一度落ちたらもうだめだ!と思ってしまうのですが、
一回綱から落ちて乗り越えたことで、個性だなと思えるようになりました。
でも、全く気付かないうちに「当たり前に縛られ」ていて、少し踏み外しただけで「もう終わった…」「積んだ…」と思っていたのも事実。そんな自分にショックでした。
今振り返ると、私も自分の・世間の当たり前を誰かに押し付けてはいなかったか、それで誰かが辛い気持ちになったりしていないか、心配になります。
そんな人知れない「当たり前」が、性や仕事観、結婚するかしないか、子どもはどうだ、って
たくさんの綱があると考えると、なんて大変な世の中だ!好きにさせてくれ!って思ってしまいます。
けれど、綱の正体は”人生を摩擦なく生きる攻略法「普通!」”で、合わせる必要もないし、違う人は認め合えばいい話ではないでしょうか。
「当たり前」とか、「○○だから」とかそういう何かで人を縛るのはやめよう、その人のことをちゃんと見よう、と決意するとともに、
自分が他の人と違う!と思っても「私だからこうなの!」って思えたら素晴らしい個性だな、と思います。
▲とはいえ、初めて「普通じゃない」と感じたときはつらかった。もう戻れない!って思ったけど、別に戻らなくてもいいよね!
▲これは私にしか見つからない個性が見つかるチャンスかもしれない!寄り道して魚獲ろ!とかきのこ探そ!と外れることも楽しめるくらいの人間になりたいものです。
ワーク・ライフ・バランスが大切だと思う理由
上司としても、家族としても尊敬できる先輩がいなかったら、辞めてもいいんじゃない?
「上司としても、家族としても尊敬できる先輩がいなかったら、辞めてもいいんじゃない?」
という言葉は、転職を考えている人に、今まで私が言ってきた言葉です。
無責任にもとれるかもしれませんが、私は今でもそう思っています。
「家族も大切にしていて、仕事も素敵な上司」がいれば、その人みたいな働き方をしよう、その人を超えようって思えるのではないでしょうか。
上司のことを尊敬していても、仕事だけ・家庭だけの上司「しか」いなければ、
理想の自分になるのにかなりのハードルがあると思うので、
「上司としても、家族としても尊敬できる先輩がいなかったら、辞めてもいいんじゃない?」
と私はこれからも言います。
▲ワーク・ライフ・バランスが取れている会社で、仕事も家庭も尊敬できる上司がいれば誰だって働きたいですよね。
志布志市にはたくさんの素敵な大人がいて、お話を聞くのがとても楽しいです。
鹿児島を出るときには気付かなかった、素敵な大人がたくさんいることが嬉しく、伝えていきたいと思います。
ちょっとあとがき
おそらく、特集という形で市報に携わるのは最後だったかな、と思っています。
毎回、私なりに伝えようと思ったことを書かせていただきましたが、いかがだったでしょうか。
今回の「ワーク・ライフ・バランス」に関しては、一人一人違う問題だけど、みんながいろんなことを抱えて生きてるんだろうな、と思い
お互いに考えるきっかけにするにはどうしたらいいかな、と思いました。
わたしぶでは、私の勝手な意見を書いていますが、今の私が思っていることに違いはありません。
これからもたくさんの考え方に出会い、今の私からさらに色んな考え方に進化したり深化したりすると思います。
違う考え方に出会った時に「私とあなたの考えはちょっと違うみたいね。でもそれも、イイね!!」
そんな風にサラッと、何の言いよどみもなく、言えるようになりたいです。
そして、考え方や当たり前がコロコロ変えられる柔軟な人間になりたいです。(決意)
*この記事は、志布志市の地域おこし協力隊谷村としてではなく、一個人としての意見を書いています。市や男女共同参画推進室の意見ではありません。
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