【田舎暮らし】私が東京から志布志に移住して、今が幸せだと言える理由。

【田舎暮らし】私が東京から志布志に移住して、今が幸せだと言える理由。

先日友人の結婚式で、久しぶりに東京に行きました。

東京で色々な人に会い、久しぶりに東京に身を置くことで、様々なことを考えた3日間でした。

鹿児島に帰ってきて1年3ヶ月が経ち、今思っていることはやっぱり、私にとっては志布志の生活が幸せということ。

「なんで志布志に帰ったの?」と聞かれることもあり、「そうだよね!知りたいよね!」と思ったので書きます。

 

まず、人それぞれ、考えが違っていいと思います。

住むところも、恋人のように、出会いと縁だと思います。(恋人よりも自分で選びやすいですが。)

志布志の人には、東京から帰ってきてこんな考えを持っている人がいるんだよ、と

東京の人には、なるほどそう考えたから帰ったのか、と

一人の移住者の意見として、書いてみようと思います。

私にとっての東京。私にとっては、人が多すぎるのかもしれない。

会いたい人も、会いたくない人もいる。確率論だと思う。

金曜日の夜、東京に着いて、後輩と飲み…終電で帰りました。

久しぶりの電車が、「忘年会シーズンの金曜日の終電」という反則技で、もう、すごかった。

車内にはアルコールの匂いが充満し、誰かが「降りまーす!!荷物あるんで!!」とピリピリしています。

「嫌だなぁ…」と思い、顔をスマホに向けてあまり考えないようにしていました。

 

けれど、きっと、この中には話してみたら「私が尊敬する人」「素敵だと思う人」も必ずいると思う。

色んな人が集まる東京。良い人に出会う確率も、嫌だと思う人に出会う確率も、多いんだと思います。

 

例えば、私が普通の人が理解できない趣味を持っていたりすれば、東京は大きな心で受け入れてくれるし、

会いたい人の何割が東京に住んでいるんだろう、というくらい素敵な人がたくさんいます。

けれど、私は不特定多数の人が毎日たくさん近くにいることで、人に対しての興味がすり減っていく気持ちも感じていました。

 

駅に着くまで誰にも挨拶をせず、満員の電車に乗り、

みんな自分のスマホを見て、少しイライラしている。私も、そう。

そんな時間が私にはどうしても苦手だったことが、田舎への移住を考えるきっかけでした。

上を見ると、きりがない。自分は何がしたいのか。

色々な人がいる東京は、みんな向上心を持って楽しく仕事をしているように思います。

女性でもバリバリ働き、カッコイイなと思う同年代もたくさんいました。

私も頑張ろう!と思って仕事を頑張り、ふと気付いたのは「もう、しばらく料理を作れていない」ということ。

 

頑張っている人も、尊敬できる人も、毎日目に見える所にいる。

仕事だけじゃなく、おしゃれな人を見て「こんな風になりたい」と思うし、

職場から近い立地に良いお家を構えている人はうらやましいな、と思っていました。

上には上がいる。上を見続けると果てしなく目標がいる。

 

それは、とても刺激的で楽しい生活でしたが、

自分と向き合う時間を取れていなかったこと、「楽しい」に身を任せて自分が流され、3年が経っていたこと。

自分のやりたいこと・作りたい家庭を作る土地にはできないかもしれないと思いました。

今思うと、きっと、わんどの山元さんご夫婦のような、東京であろうがどこであろうが、

楽しく仕事をして、やりたいことも実現している人が近くにいたら、違ったのかもしれません。

(わんどさんの記事はこちら

 

「働く」の本質って何だろう。私なりの答え。

実は、ちょうど私が東京に行ったときに、後輩も仕事を辞めたばかり。

仕事を辞めて、「なんであんなに、働いていたんだろう。もっと楽に生きればいいのに」と言っていました。

色々な話をすることで、少しすっきりしたので、書いてみようと思います。

 

私は、「働く」とは「人のために役立つこと」だと思っています。

人のために役立ち、その対価としてお金をもらっている

組織に属していれば、一人ではできない価値を、何人かで集まって提供している一員として会社員をやっていて

何らかの形で価値を提供し、「ありがとう」という形でお金をいただいている。

だから、仕事に優劣はないし、お金を稼ぐために仕事をするんじゃなくて、

生活ができるだけのお金をもらって、自分が幸せに生活ができれば良いんじゃないかな、と思っています。

だから、生活よりも仕事100%になってしまったら、私にとって意味がなく、

(お金をいただく以上甘いものではないけれど)辛いだけのものになってしまっても、私にとって意味がない。

仕事が無くなった時に、自分の存在意義も一緒に無くなるような仕事ではなく、

誰かのために仕事ができれば嬉しいことだなと思っています。

 

東京でも、そんな仕事ができると思います。

けれど、鹿児島でも、そんな仕事ができると思います。

私にとっての価値が同じであれば、地元のためになる仕事がしたいと思っています。

東京を離れて思うこと。必要なものは、すべて持っている。

鹿児島に住んでいるときから、「田舎ならド田舎に住みたい」と言っていた私。

今、鹿児島に帰ってきて、「私に」必要なものはすべて、持っていると思っています。

具体的に何が必要なもので、幸せなのか。写真と一緒に見てもらえたらと思います。

 

つまりは、手元にあるすべてが今、幸せ。

 
 
 
 
 
View this post on Instagram
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

志布志市_地方創生推進さん(@shibushicity_nonofficial)がシェアした投稿

▲市役所を出て、広い畑と山に夕日が沈むのが気持ちいい。

▲行こうと思えば、仕事終わりに釣りができる。新鮮なカサゴのお刺身も、お味噌汁も自分で釣ると美味しい。

▲10分でお家に帰り、少しゆっくりして料理を作る。毎日1杯だけお酒を飲む。

これは、地元のイチゴをお酒に漬けたイチゴ酒。リキュールよりも香り高い。

▲今年、自分で作る燻製がとってもおいしい!と気づいた。

湖の前でキャンプをして、燻製を次から次にワインと開ける。幸せ…

▲嬉しいことに、これはたまたまだけどロックフェスとジャズフェスが今年開催された。

フェスに、家から車で行くのは初めて…!鹿児島でも音楽を楽しむことができて、なんだ!最高じゃん!って。

▲そして、今まで7年間も祝っていなかった、両親の誕生日を祝うことができた。

私の誕生日も祝ってくれたけど、祝い方を忘れたのかプレゼントを投げつけられた。(笑)

来年は還暦。元気に過ごしてくれたらいいなと思っています。

 

用意された幸せはないけれど、作ることはできると思っています。

誰かが用意してくれた、楽しいことーエンタメは東京に比べて圧倒的に少ないと思います。

でも、そんな場所だから、分でやること・自分で作ることを楽しみにしている大人がいっぱいいるんだと思います。

▲ふくれも、あくまきも、正直苦手だった。けど、出来立てのふくれは、ふわっふわでとってもおいしい

▲丸の内のイルミネーションのような華やかさはないけれど、竹灯籠だって手作り。よく見ると一つ一つ違って味がある。

おじいちゃんたちが、一つ一つ手で灯すんです。暖かい光に癒されます。

▲遊ぶところがなくても、竹水鉄砲ができる。本当に何もないところだけど、この日は本当に楽しかった。

▲蓮の花も、活性化のために植えてくれている。地域のために、自分たちの力でこんなことができる。

 

何にもないから、なんでもできる。

何かをやることが、一番のアクティビティになる。

いつか、私の子供も、地域のおじちゃんたちに教えてもらって、いろんな遊びを覚えて欲しいな。

そう思える土地で暮らすことができる、私はいま幸せです。

コラムカテゴリの最新記事