「ごちゃまぜ」に気付かされる新しいコミュニティ・人生観

まちづくりだけでなく、人生観が変わりました

昨日、大崎町で社会福祉法人佛子園の理事長、雄谷さんの講演がありました。

ごちゃまぜで気づく’’ひと’’と’’まち’’…

どういうことなんだろう?と思って話を聞きに行きましたが、

今までの私の人生観として‘’腑に落ちる’’講演でした。

ごちゃまぜとは

すべての人が役割をもち、すべての人が機能する。

雄谷さんが理事長をつとめる西圓寺では、

町の町民から子供、高齢者、障がい者全員が役割を持ち、繋がっています。

施設の真ん中にある温泉は、町民に無料開放をしています。

温泉を利用することで、子供、高齢者、町の住民が関わりあい、

温泉から上がったあとは障がい者が運営するカフェスペースでくつろぎます。

 

ごちゃまぜから自然に生まれる助け合い・交流

カフェスペースでは、障害をもった方々が働いていますが、うまくできないこともある。

うまくできないときには、町の人が助けてくれる。

「できることをできるひとがやり、できないことを助け合う」

当たり前だけど、当たり前にできていない日本も浮き彫りになった気持ちになりました。

「○○くんはこれが得意」「○○さんはこれが苦手」

普通の人も当たり前にあることなのに、それを障がいと認識したら隔離する

隔離することが果たして必要なんでしょうか?

つながることの必要性

雄谷さんの講座内容から、一部抜粋して、

(私の解釈も混ぜてしまっておりますが)お伝えさせていただきます。

「世界は誰かの仕事でできている。」

ジョージアのCMで、山田孝之さんがひたむきに働く男たちを演じていますが、

心が震えた人も多いのではないでしょうか。

逆説的に、「人は一人では生きていけない」ということを思い知らされる部分もあります。

人は一人では生きていけないとして、つながる力がどのように生きるのか。

あくびの伝染

「あくびが伝染する」ことは皆さんご存知かと思います。

人間ではもちろん、イヌやネコ…霊長類でもあくびは伝染します。

一方、「カメはあくびが伝染しない」という論文がイグ・ノーベル賞を受賞しています。

(この論文、私が大学の時にグループで読んだ論文です…!こんなところで聞くなんてビックリ。余談です)

人間や霊長類にあって、カメにないもの、それは「共感力」

「あくびをする(眠い…)」「あくびがうつる(たしかに、眠いね…)」ということでしょうか。(なんだか可愛い…!!)

幸せも不幸も…肥満も伝染する…!?

ニコラス・A・クリスタキス氏の「つながり社会的ネットワークの驚くべき力」では、

私が幸せ!と思ったことが、友人には15%の幸せが伝染し、

果ては友人の友人の姉(誰!)に6%の幸せが伝染する…

といったことが証明されたそうです。(まだ読んでいないので、浅くてすみません)

知っても知らなくても伝染する…てどういうこと!?ってなりますよね。

伝染するのは、幸福だけではなく、不幸も肥満も、性感染症さえも伝染するそうなので、

一見知らない人でもつながっているんですね。

 

ダウン症の人の92%が幸せ

厚生労働省の調査結果から、ダウン症の人の92%が幸せと感じているというデータが挙がっているそうです。

さっきの、幸せが伝染する、ということを考えると、

ダウン症の方々からも、回りまわって幸せをもらっているということ…!!

私の従兄弟にはダウン症の子もいますが、とっても優しく、笑顔が綺麗です。

綺麗という表現が正しいのでは、と思うくらい、愛想笑いじゃない、子供のような綺麗な笑顔です。

小さい頃は、何なのか分からず、反発していたこともあるように思います。(ごめんなさい…)

今の世の中で、9割の方が「毎日を幸せに感じている」と言えるのは素晴らしいことです。

私たちがお仕事をさせていただくように、

幸せを伝えてくれるために生まれてきてくれたのかもですね。

ダウン症の人、9割が「幸せ」…仕事や趣味を楽しむ

(読売新聞より抜粋)

 

ごちゃまぜの優位性

雄谷さんの講座は、このあともまだまだ続き、

幸せって何なんだろう?と考えさせられる内容がたくさんありました。

「ごちゃまぜである」ことを認識した上で育てるコミュニティでは、

一般的に問題視されることも、ポジティブに捉えられるのではないでしょうか。

それぞれの人たちができること・できないことをちゃんと見極めて、

役割として担って生きていく

考えてみたら当たり前なのに、先進的と思ってしまうのは何ででしょうか。。。

 

腑に落ちた部分

東京で仕事をしていたときは、そもそも「何が幸せか」なんて考えもしませんでした。

地域おこし協力隊という立ち位置になって、初めて「幸せ」ことや自分の住む「場づくり」を意識したように感じます。(と言っておきながら、まだ何もできていません。すみません…!)

地域のこれからを真剣に考える人、障がいを持った人が社会で生きていくことを真剣に考える人、

とってもかっこいいと思います。

鹿児島にもすごい人がいっぱいいるし、すごい人とたくさん会える

自分と、ちょっと周りの人が、私にできる範囲で幸せになれる方法を、

すごい人たちの力を借りながら模索したいな、と思います。

なんにもできていないけど、なにができるんでしょうか。(困惑)

とりあえず、こうやって思うところを少しずつ出していきたいと思います。

 

施設は、嫌です。

最後に、雄谷さんが発した言葉で、響いた言葉がありました。

雄谷さんは、住職である祖父がされていた社会福祉法人仏子園で、障がいをもった子供たちと幼少期を過ごされました。

最近、「日日(にちにち)べんとう」という漫画を読み、

主人公の女の子が住職の元で暮らす、という描写が多く出てくるのですが、

兄弟がいない私にとっては、子供がいっぱいのところで幼少期を過ごすことは憧れでした。

「施設」という認識もなく、「嫌」という認識もなく、

「いいなあ」と思った直後に、「施設は、嫌です。」とつぶやくように言われたのが印象的でした。

障がいをもった方を集めて施設に入れることで、受け入れる側も入る側も、「障がいをもっているんだ」と再認識しているのかもしれません。

 

詳しくはこちら!

もっと雄谷さんについて知りたい、という方は、

雄谷さんのインタビュー記事や、佛子園の動画などたくさんインターネット上に出ておりますので、

ぜひご覧ください。

http://www.okamura.co.jp/magazine/wave/archive/1512oyaA.html

→シェアさせていただきます。とっても分かりやすいインタビュー記事でした!

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